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切り絵による絵画を制作しています。東京での個展開催、ライブパフォーマンス等の活動も行っています。

hyaku-shiki

2020年3月20~22日に開催しました似顔絵の個展での全作品を期間限定でご紹介いたします。
ご来場いただけなかった方々、もう一度ご鑑賞したいという皆様のために、会場で展示したご挨拶やキャプションも再現しております。
10作ごとにページの移動ができますので、ごゆっくりお楽しみくださいませ。

ごあいさつ

これから皆さんがご覧になる100点の作品と私の自画像は、色紙に描かれた似顔絵です。
自画像以外はすべてコピーしたものです。原画はすべてモデルになって頂いた方々へ無料でお渡しいたします。
私は絵画制作(主に切り絵)と絵画講師を生業とする画家です。
つまり日頃は代金を頂いて絵を描いております。
なぜ今回、100の似顔絵を100の方々へ差し上げることにしたのか。
話は2018年末にさかのぼります。この時、私は「10名様無料モニター募集」という形で似顔絵モデルを募りました。その理由は
「自分の技術を高めること」
「いろんな描き方の実験ができる」
そして多くの人に
「絵を描いてもらう感動を知ってもらう」
という狙いがあったからでした。
しかしまだ10名を描き切らぬうちに迎えた2019年、元ZOZOTOWNの社長・前澤友作さんがtwitter上でこのような企画をされました。
「100名様に100万円プレゼント」。
ランダムに選出した一般の100名それぞれに100万円をプレゼントするという企画でした。
自分も世の中に対して同じように何かできないか。
そう考えました。
私はすぐにモニターモデルを合計100名にし、自分から声をかけて募ることにしました。
「対抗して」という言葉があてはまるようなきっかけだったかもしれません。私の似顔絵の最低価格は8000円。これを100名に描いたら、少なくとも80万円、世の中に貢献できる。
いや「世の中に貢献」という言葉は私にとって妥当ではありません。私が本当に貢献したいと思っているのは芸術そのものに、です。
これまでの人生において、何もない自分に「そこへ向かえば何かあるかも」といつも思わせてくれたのが芸術。出会うはずのなかったであろう人々と出会わせ、知るはずのなかったであろう知識、味わうはずのなかったであろう経験、それらをくれた芸術。
芸術への恩返し。
楽しい、面白いだけで勝手気ままに夢中になる私のような人間にも黙って受け入れてくれる芸術。いつまでも自分のことにばかりに利用していれはいけないという思いが芽生えてきてたのです。
ふだんは絵を見たり描いたりすることに無縁・無関心の方々にも何かを感じて頂きたいと願うのです。
それは「うまいなあ」でも「へただなあ」でも「似てる」「似てない」、なんだっていいんです。いろんな味わい方、楽しみ方があるという可能性に触れて頂きたいんです。
とはいえただの自己満足に終わるかもしれぬ始まりでしたが、こうしてなんとか100点の似顔絵と自画像で皆さんをお迎えすることができました。
決してフォーマルな展覧会ではございません。
本日はお時間の許す限り、ご堪能ください。

八田員徳
2020年3月吉日

展示作品について

すべて手描きによる作品をコピーしたものです。(「自画像)を除く)
作画には筆ペン、パステル(チョークのような粉っぽい質感になる色の塊)を使用しています。
モデルの方の写真を見ながら、過去の名画や雑誌などを参考にしたりしなかったり。
下描き、筆入れ、着色の作業はおよそ4~5時間費やし、スムーズにできたものもあれば挙句、何度もやり直したものもあります。
私が特に参考にしたのはミュシャ(1860―1939)という画家です。
彼の作品を多く参考にしてまで、自分の作風に取り入れたいと願ったのには理由があります。
それは彼が商業用の絵を多く描いた人だからです。つまりポスターや広告、パンフレットに使用するための絵です。そしてそのほとんどが女性の姿を描いたものです。
われわれ画家は時としてひとりよがりになったり、鑑賞者をよせつけない制作にのめりこんでしまいがちです。
私が自分に課したことは「100の似顔絵を描き切る」の他に、自分の作風の変化への追求でした。
そして私はミュシャが描く絵のような、多くの人々に楽しんでもらうための絵づくりに精進すべきだと信じたのです。
「ミュシャのようになりたい」のではなく、いろんな画家の絵を楽しみ、学んできた結果、自分に今必要な学ぶべき要素がミュシャを通してたくさん獲得できると感じたのです。
作品は描いた順番に番号を振り、それぞれにキャプション(説明)が書いてあります。
番号順に鑑賞する必要はありません。また、キャプションもあくまで皆さんの自由な鑑賞を補助するものとして添えてあります。長い言葉も短い言葉も、それぞれに意味があります。呼吸の「吸う」と「吐く」のように。
イマジネーションの遊戯にさまたげになるようでしたら無視してくださって結構です。
どんな些細なご質問でもかまいませんので、疑問や感想などおありでしたらお声をかけてください。
備え付けのアンケート用紙にご記入下されば後日メールでお答えすることもできますし、無記名での記入であれば、ホームページやSNSでの返答も可能です。
また、皆さんのお気に入りの作品の投票もお待ちしています。抽選でポストカードをお送りする企画ですので、ぜひともアンケート用紙でのご参加宜しくお願いいたします。
そして、似顔絵のご依頼もお待ちしております。
皆さんご自身や大切な方を、絵画のなかの主人公にしてみませんか。
心に届いたイメージの作品があればおっしゃってください。

作品1~10

作品1
作品2作品3作品4作品5作品6作品7作品8作品9作品10

姉妹をモデルに描いた作品です。1作目の時点で私は100作を描く構想がなく、ただ闇雲に手をつけた気がします。色紙に描く、という決まり以外のルールがすべてあやふやでした。
次の作品以降、色紙(272㎜×242㎜)を縦長に使用する、と明確に決めました。今作のみ横長です。


知人の女性がその年の成人式に参加できなかったと聞き、その人の着物姿を絵にしました。今にして思うとなんでこんなに時間がかかったのかわからないですが、異様に時間を費やした記憶があります。
成人式のための着物のカタログを参考にしました。


この作品からミュシャを中心に取り入れることにしました。
『「果物」と「花」』というミュシャの連作から「花」をもとにして描いています。この作品で自分の欠点をいくつか修正するためのヒントを獲得しました。


同じモデルをこの直前に、切り絵で描きました。同一人物ではあるものの、いざ違う画法で描こうとした際、描画の感触からうまく切り替えられなかった記憶があります。
切り絵がカッターナイフで黒い紙を切り抜く作業であるのに対し、この作品はパステルを使って色彩豊かに描きます。上手い歌手がロックにしろバラードにしろ、多チャンネルの歌唱法の切り替えを瞬時におこなうように、これは経験不足の問題かと思っています。


絵の良し悪しを構図のやり口や色の迫力だけで勝負してはいけない、という考えが昔からあります。もちろんそういう技も意識的に使うべきとは思います。
この作品では、穏やかな同系色だけでバランスの良い、ハッとする絵になるよう心掛けました。歌で例えるなら、「キーが低く音程差の少ない曲」でも良品となりうることを証明したかったのです。


いかにこどもらしいポーズをとらせずにこどもらしさを出せるか、を課題としました。あえてファンタジックな衣装や風景も取り入れずに描きました。


この親子のこと良く知っていることから、素直にそのままの存在を自分なりに描くことにしました。何度か描きなおしをしてこの完成になりました。技術的なことで言うと全く納得いっていませんが、私が人物やそれ以外のモチーフを描くうえでの最大のモットー「造形ではなく存在を表現する」を完璧に踏襲している自負があります。

8、9
「7」で述べたモットーに反して、この2作品はミュシャのカバー(コピーに近い)として手癖の訓練のために描きました。アーティストの自由な思想の反映のためには技術の修練が最大不可欠の任務です。

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ミュシャのいくつかの絵を参考に、色の着け方や装飾のアプローチを総動員して描きましたが、そもそもミュシャの作品にはこどもを主人公にしたものがあまりなく、にもかかわらず私自身がミュシャ風をこだわったため、とても悩んで描いた記憶があります。

作品11~20

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もともとは「10名限定で似顔絵モニター募集」という前提で始めたのですが、この作品からは「100作までまだ90もある」という自覚から居直った感があり、それまでより吹っ切れた何かがあるように思います。モデルの方の髪の色も無視したりして、とても楽しかったです。果物のひとつひとつの着色も気持ちよかったです。
こちらはミュシャの「果実」を参考にしたほぼ完コピ作品ですが、とても気に入ってます。

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モデルの女性はこんな怖い方ではもちろんありません。ただこういう私のジョークも面白がって下さる性分であることを承知で描きました。
そういったアプローチも、私なりの喜んでもらいたいというサービス精神です。

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ミュシャによる、ビールの広告ポスターを参考にしています。ほぼ完コピです。複雑なデザインですが、そこそこうまくいって仕上げのバックの色をどうするか、となったときに私のイタズラ心が発動しました。
「無難な色で仕上げない」と、最も候補外と思われる色「黒」を塗りました。結果、後悔しましたがこの企画自体「実験」が目的なので不承不承完成としました。今はそれほど悪くないと思っています。

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ミュシャが描いた、薬用種の広告カレンダーの絵を参考にしています。ブドウをしぼる、という動きが描いていて面白かったので、今後新たな作品で取り入れたいテーマです。きっとグロテスクな絵にすると思います。

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モデル男性が美容師だったので、映画「シザーハンズ」の主人公エドワードを下敷きにしました。
猫を描いた作品22でも取り入れた「自撮り」ですが、作品作りにおける、私の暗黙のルールのひとつに「流行のテクノロジーをなるべく描かない」というものがあります。自動車やパソコンなど含め、時代の特定できるものをなるべく描かない。それを無視してスマホを描いてまで「自撮り」を演出したのは、人間を表現するうえで自己愛というものが重要な要素だと思うからです。

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この作品で試してみたかったことは、ミュシャが布にプリントした花が舞うようにして描かれた絵のように、人物と装飾が半々の割合で配置されたスタイルです。

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「うふふ」という3文字を絵で表現してみたかったのです。
参考にしたのはミュシャの「月」(『4つの星』より)。この絵はまさに「うふふ」という声が聞こえてきます。

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同人物が2人、別々の姿となって登場する手法は、3年前の個展「MUSE」でもいくつか取り扱いました。この時はモデルの姿を最大限使いたいというデザイン重視のやり方でしたが、今作ではもっと意味のあるものにしたいと思いました。
1人のモデルをもとに、幼いイメージの姿と現在の姿を描きこんでいます。
あまり深く考えず描きましたが、次回はもっと多人数にして描いてみたいと思います。
ウォーターハウスの作品に同じ顔をした複数の女性が男性を誘惑する作品がありますが、それとは違い、自己の内面へ向かうテーマになると思います。

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ミュシャ好きな人には有名な彼の仕事のひとつ、1900年パリ万博での作品のひとつを参考にしました。ボスニア・ヘルツェゴビナ館のレストランのメニューの絵です。

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私は放っておくとついつい奇をてらった、人があまりやらないような色の合わせ方に走ってしまう傾向にあります。この作品ではいかに一般的に好まれる色合いでいい絵ができるかを試みました。

作品21~30

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ミュシャの二つの絵を参考にしています。

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作品15で述べた「自撮り」を取り入れた、猫たちの作品。
ネットで見つけた、女子3人が自撮りしている画像をヒントに構図を考えました。私は動物を飼ったことがなく、触れたりすること自体は得意ではありませんが、犬も猫も描くのは本当に楽しいのです。写真とにらめっこしながら描くのですが、まるで彼らとコミュニケーションを取っているような、不思議な感覚に襲われるのです。

23~25
3点の色紙を使って、3組の親子を同じ公園の同じベンチへ座らせた絵です。
もちろん実際に参考にしたモデルの写真は別々に写ったものです。

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この人の淹れた美味しいコーヒーが2階のカフェスペースで頂けます。

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全作品の中で一番ストレートにモデルを描いた作品だと思います。作画そのものより、ご本人のパーソナリティを使って遊ぶことを優先しました。彼の手の中に描いた街はニューヨーク。

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ミュシャの描いた洗剤の広告ポスターを下敷きにしました。絵の技術の上下はともかく、私のこの絵のモデルの表情のほうが洗剤が良く売れるだろうなと自負しています。

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あまり人物を描く時に使わない色で挑戦しました。

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このモデルの女性の歌声を思い出しながら描きました。私は個人的には笑顔の人より無表情の人物がを描くほうが好きです。実際のモデル写真の表情はこのようなものではありませんでしたが、これはやはり歌声のせいです。

作品31~40

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何度か描きなおした作品です。ボツにした最初の数点は両脇から腕を添えられている(美女らしき腕!)構図でしたが、あまり気に入りませんでした。

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ハープを奏でる女性の絵を参考に描いています。
私のクセで、しっかりとした設計図を設けず「描きながら次の発想にゆだねてゆく」ことが原因でハープの飾りのウサギがウィンナーみたいに見えます。
元のミュシャの絵ではハープの飾りは鶏でしたが、描きながら「あ、ウサギにしよう」「色…あ、これは元の絵通り赤にしよう」と場当たり的に描いていって最後に自分で意図せず気づいたことです。
ま、いいか、美味しそうだし、くらいの感覚です。

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モデルの女性お二人が友人同士とのことで、私の中で勝手にドラマを作っていく作業が楽しかったです。

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実験的なモデルというより、結婚した知人のために祝福の絵として描きました。なので完全に誰かのための作品ですが、空の部分に飛行機雲で文字を入れるなど初めての試みもさせてもらっています。

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お気に入りの作品です。個人的な感情を注ぎ込んでなおかつキャッチーに仕上げられたと思っています。
私の教室の生徒が退会する際の記念として描きました。ひたすら動物とりわけキリンを描き続ける彼はいつも私に笑顔をくれた人です。私しか知らないレベルにおいて、元気をいただいた記憶が心に残っているからです。
スケッチブックを抱える姿もやはりミュシャのある絵からヒントをもらっていますが、一見してわかる人はなかなかいないと思います。

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アングルという画家の手法をいつか正々堂々と使ってみたいという欲を、この作品ではかなえました。描かれたモデルが人体の構造上、極めて不可思議なバランスであっても、それが絵の均衡においては成立している、そういう技術です。
この絵の女性も、体のある部分が全体から見て異様な比率となっていますが気づかれましたか?

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この作品も、本来は背景にはもっと適切な色があることを自覚しています。発注を受けた作品でしたらグリーンにはしていませんが、本作は独特の存在感のある絵になっていると思います。

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男性モデルでクールな配色をして成功したという自信があります。
ご本人はこんな髪の色もしていませんし、服装の色合いもお好みではありません。私お得意の「場当たり主義的」に色を決めていきました。

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一度しかお会いしていない方ですが、装飾的な絵にしたくなかったのです。服装も背景も派手にコラージュせずシンプルに仕立てました。それこそが私の彼への特別な思い入れの証であるような気がしています。

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「正面を向いていないモデル」というクラシカルスタイルの肖像画を意識しました。ただ、現実の髪の色や装いを変えることで、オーソドックスから外れる宣言も同時にしています。
あまのじゃくな部分がここでも顔を出しています。

作品41~50

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ロサンゼルス在住の知人。180センチを優に越える身長と独特のヘアスタイル、その風貌から私は彼をマサイ族の戦士のようなイメージと捉えていた。あと映画「アバター」のツーテイ。青色にすればよかったと今思います。

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参考にした絵はミュシャの「ばら」(『4つの花』より)。ミュシャのタッチを入れつつ自分らしさをうまくミックスできたと思っています。だからこの後がけっこう苦しい創作時期となっていきます。

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形式的なうまさより、人物とその場の空気みたいなものを描こうとと努めてみました。

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最終的に100の作品を展示する、という意識をすごく感じ始めたころの作品で全体を通して見たときのバリエーションというものに頭を悩ませ始めています。

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作品44での意識から、「自分は似顔絵を描いているのではない。肖像画を制作している」という感覚も持つようになりました。ただし、どちらも英語で言うと同じ「Portrait」。あくまで感覚的なものではありますが、「モデルを通して語られる物語性のある絵」と「モデルの存在した時間を切り取った絵」とが私の表現したいPortraitであることがわかり始めました。参考にした作品はミュシャの「百合」(『4つの花』より)。

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何度か描きなおした作品です。当初はこのような形ではなかったのですが(モデルが絵を描いたり写真を撮ったりする人だったのでそういう様子を絵に入れたいた)、最終的に作品18のようなアプローチで。

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頂いたモデルの写真が正面をとらえたアングルではなかったおかげで、自分の発想を超えた絵になりました。自分の意思と偶発的な要素との折り合いのもと、作品が生まれるのはとても快感です。

48、49
姉妹を描いた、つながりの連続作品です。本当は3姉妹の予定でしたがお一人は辞退されました。この2点完成後にその方が気が変わって「描いてほしい」とおっしゃっても続きの絵にできるように筆を置きましたが実現しませんでした。
ガストン・ビュシエールによる「ネーレーイデス」(1927年)では3人の海の精霊が妖艶な姿で描かれており、そこからイメージをふくらませました。ですので、この作品は本当は3人描きたかったのです。

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若い男性は絵にならないとずっと思っておりましたが、そういった思い込みに反してとても楽しく描けました。

作品51~60

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古典的な抽象画、とまでいかなくても、スケッチふうに描いてみたかったのです。

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モデルお二人の写真がそもそもドラマティックなものだったので、それを少しドラスティックにしただけです。そいう画欲のそそられ方はあまりなかったことです。私はただの傍観者にすぎません。

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良い絵の重要な条件のひとつに「鑑賞者の目線をいろいろ移動させられる絵」ということが言えます。つまり作品の四方に作者の支配力が及んでいるかどうかということが、小さい絵であれ大きい絵であれ反映されているべきということです。そういうことをいささか考えすぎたかな、という気がします。
背景、衣装、ポージングなどいろいろな絵から参考に組み合わせて描いています。

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モデルの写真の笑顔からインスパイアされて出来上がった世界です。デッサン用のヌード写真集からポージングを借用して描きました。
風を感じられるように背景に風車を描きこんでいます。

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フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」のようにしたかったのです。ですので本当はもっと顔をアップにして描きたかったのですが、お預かりした写真のモデルが小さく写っていたため引きの絵に。

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占いをされる男性がモデル。ご本人の許可を頂き、陰陽師をイメージして存分に遊ばせてもらいました。

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作品54から、雑誌や本からポージングを拝借し、それから服を着せる、という描き方をしていますがこの作品もそのひとつです。

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バランスとして不自然な部分があると知りつつも、「美しく描けたから、まあいいか」と筆を置きました。

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この作品からファッション雑誌の装いをひんぱんに参考にするようになります。
流行のファッションで描くことは、作品15で述べたように「なるべく時代を特定できない絵にしたい」という考えに反します。が、その考えと同時に「その時代の風俗を取り入れた絵」というものの存在も芸術の歴史にとって重要なものでもあると信じています。
どちらか一方の考え方のみとらわれることなく、私は作品ごとにそれを選択します。

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久しぶりにしっかりとモデルの顔を描きたかったのです。他の作品にもひんぱんにあるように手の動きと顔を描く、私にとってそれが一番楽しい描き方かもしれません。

作品61~70

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楽器と人物を描いた作品は古来より多く存在します。西欧美術において弦楽器をつま弾く人物画はよくありますが、鍵盤楽器をこのアングルで描いてみる、という潔さはこの時代でしかできないかと思っています。それは斬新という意味ではなく、ピクトサインのスタイルを広告に使用するようなレベルでの、いずれ滅びゆく形式に対する潔さです。

62~70
今回の個展における、「連続のつながりの絵」最大人数の作品です。
制作工程としては2019年8月に人物のみを描き終え、背景はすべて白紙として置いていました。当初はそのままにするべきか、描くとしたらどんな背景にするべきか、全くアイデアがなかったからです。そのまま何も思いつかなければそれもまたよし。
2020年3月、全作品の一番最後の工程となったのがこの9作品の背景描きでした。7時間をかけて一気に仕上げたのですが、最もエネルギーを要した作業でした。日を分けてやる気がなかったからですが、全身がカラカラになりました。何も考えられないくらいに。
この9人の女性は私が看板とロゴ制作を担当した「太子みそ」の製造所の皆さんです。

作品71~80

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作品62~70に着手する前くらいから、この企画においてスランプというか意欲が停滞しておりました。100作作る、という明確なゴール設定ではありましたが「やってもやっても終わらない」という感覚に埋もれていました。そしてそれは初心のテーマからかけ離れた感情です。
「描く楽しさ」と「新たな発見と追求」を前作で取り戻せたおかげで、とても解放された魂でできた作品が今作です。

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気持ちが解放されたついでに複雑な絵を描いてみようと思いました。今でもこの作品を見ると、とても疲れます。かなり脳みそを使った記憶があります。

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2~3回描きなおした作品です。それぞれ全く違う趣の絵です。ダントツで納得できるものになったので良かったです。ひさしぶりにミュシャっぽい絵を描きたくなりました。

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3姉妹を「連続のつながりの絵」で描きました。背景を細密な線で正確に描きましたが、着色する段階になってまともに描くと、人物より目立ってしまうと判断しこのような仕上げにしました。

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以前から心奪われていた作品のひとつ、セザンヌの「庭師ヴァリエ」(1906年)。透明感のある水彩画で、塗り残しとのバランスが絶妙な絵です。どうしてもその真似がしたくて。

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「彫刻を絵にしたら」という試み。生身のモデルをいったん彫刻にし、それから描く、という作業を頭の中で行いました。
この後違うアプローチで何作か試してみましたが、これ以上の出来にならずこの1作のみでとどめています。

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私が思うに、恐らくは3年以内にとんでもない有名人になっているはずの若いアーティスト。現在のこの方のイメージを超える絵にしようと決めたらすらすらと筆が進みました。ちょっと狂気めいたものも滲ませています。
背景にはマティスによる「音楽」という作品をコラージュしています。彼女は音楽家なので。

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「ギターケースの中の猫」はいつか絵にしてみたかったのです。私は個人的に動物を可愛く描く、というより友人のように描いている気がしています。そういう絵になっていると自分では思っています。

作品81~90

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同じ職場の女性7人がモデル。これまでにあったような「つながりの連続絵」ではありませんが、「ファッション雑誌から抜け出してきた女性たち」というひとつのテーマとして描いています。実際、「美人百花」という雑誌を参考にしています。
頂いた写真の画像が小さく、ご本人たちの顔がはっきりわからなかったのですがイメージで補っています。インスパイア、脚色、という形であっても「存在を描く」という私のテーマは当然成立するのです。

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「ミュシャ修行」で掴んだ感覚と、それ以外のアプローチで得たものが統合されていっているのを体で感じています、この作品を描きながら。

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大詰めになってこの方をモデルにできたことを、とても光栄に思います。芸術と宗教というものを切り離して語ることが不可能だからです。
改めてプロテスタントとカトリックの違いを学び、失礼のないように描いたつもりです。一見ポップな似顔絵に思われるかもしれませんが、神、信仰、エロス、いろんな思いを私なりに封じ込めた1点です。参考にした絵画はありません。

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たくさん学ばせてもらったミュシャへの感謝のしるしとして、彼が何点も描いた女優サラ・ベルナールのポスターへのオマージュを。

作品91~100

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芸術家にとって、人間が支配できない大いなるのを題材とすることは最も有意義な課題であるといえます。そのためだけに臨んでいるとも言えます。
私が、自然から受けるエネルギーに敬意を表して描いた作品です。そしてこのモデルの方でその望みを叶えようということは、ずいぶん以前から決めていました。

92
彫刻のような顔立ちをしたモデルでした。実際にお会いしたことはないのですが、「平面的かつ鮮やかな1枚の絵画」を物語の挿絵になるように描きました。

93
レオナルド・ディカプリオがその収集家として知られる、アメリカの画家マーク・ライデンを意識しています。実際のモデルは清楚なヴァイオリニストです。パンキッシュな表情にあえて描いたのはちょっとした遊び心です。特に意図はありません。

94
「配色がどうのこうの」「装飾が云々」といった細々した計算を、この作品からしりぞけることにしました。
学生の頃、バンドをやっていたのですが当時の先輩(ギターがとても上手い方でした)がおっしゃっていた言葉が、強く今でも残っています。
「カッコいいフレーズを、カッコよく弾くこと」
この言葉になぞらえて私が絵を描く際に心掛けることはこうです。
「美しい線を、美しく描くこと」

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色彩は藤田嗣治(レオナール・フジタ)にヒントを得ています。

96
この作品をはじめ、後半の作品群は自分の好きなものを気ままに放り込んでいます。裸体、美、寓話などとにかくシンプルに自分の好みだけで構成しています。
好きな色、ブルーを。

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好きな色、レッド。

98
映画「ブレードランナー」の世界へのオマージュ。雨と退廃のムードが感じてもらえれば嬉しいです。彼女はきっとレプリカントです。

99
作品98で「ブレードランナー」の世界を描いてみたいと思った時、2作目の登場人物ジョイのようにブルーの髪にしようと考えたのですが、その要素は今作に持ち越しました。八田員徳ブレードランナー的似顔絵2部作です。

100
筒井康隆さんの小説「パプリカ」の主人公をイメージして、モデルを変身させています。脚色のほどこされた劇場用アニメ(今敏監督)のニュアンスと原作をミックスした解釈で描いています。
主人公は赤いTシャツがトレードマークとなっており、この絵では上半身が赤い裸体となっています。これは原作で描かれた主人公の性質を私なりに表現したものです。
平沢進さんの「白虎野の娘」をリピートBGMに。

自画像 八田員徳

画像の説明
日本では、自画像というものがあまり歓迎されない印象があります。しかし西欧における現代美術の重要な評価の要素に不可欠なのが自画像です。
けれど日本人も「自撮り」やSNSのプロフィール写真、「いやいやいや」と言いながら腰を浮かせてマイクを受け取るようなカラオケ、仕事、学校、様々な場面で自己を表現する、したい、という生理を持っています。他者との価値観や主義の違いでもって表出される個性。
シンガーソングライターが自らの歌を歌うように、小説家が私小説を書くように、自画像というものは我々芸術家にとって最も表現がしやすく、同時に難問であり、自由な実験の許される課題であると思っています。ですので、皆さんが古今東西の絵を鑑賞するとき、一番手っ取り早く、理解のしやすいものがやはり自画像ではないかと思います。

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