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切り絵による絵画を制作しています。東京での個展開催、ライブパフォーマンス等の活動も行っています。

「団地育ちと鳥の目線」より

作品紹介

「団地育ちと鳥の目線」より

今年に入ってから、
あるお客様からご依頼を頂きました。
その方は昨年、
ぼくが東京でのイベント出展の際に
「ひとりクラウドファンディング」と称して、作品のご注文をもらう形をとって、支援を募った際に参加してくださった方のお1人でした。
そして、1年近く月日が経って今年、購入くださった権利として、こんなご依頼をくださいました。
自身の綴ったブログの文章。
それをもとに作品を描いてほしい、と。
プリントアウトされたその文を一読して、ぼくはすぐにその世界に入り込みました。
ぼくも同じような境遇だったこともありますが、その方のクラウドファンディングへのご参加後、その人となりにもふれる機会があったので、幻想的な雲の隙間から仄かな光が漏れてくるような、その世界にも、現実の香りを持ってすっと入り込みました。
作品完成には少し時間を頂戴しました。
その間、ぼくがやっていたことは、ただただ繰り返しその文章を読む、ということ。
鉛筆を持って紙に向う、ということは一切せず、じ~っと何かが湧きあがるまで毎日頭の中で空想をもてあそんできました。
具体的な何かを描く時とは違い、そういうアプローチがこの作品にはふさわしい、と思ったからです。
で、ある時・・・
一気に紙に鉛筆を走らせて絵を描き、
すぐにそれをもとに切り絵にしました。
描き始めから完成まで、一日の出来ごとでした。
こういうやり方をすることは、ほとんどありません。
いつもは描きかけのいくつかの作品を、同時に抱えながら手を着けてゆく感じです。
というわけで、今回の作品の紹介は、
まずは題材となった、お客様のブログの文章からお読みください。

小さい頃、ちょうど年齢がひと桁の間、
団地に住んでいました。

会社の社宅だったので、
年齢層も収入も、同じような人たちばかり。

約束をしなくても、友達はいつもいて、
門限が無くっても、夕飯になれば帰った。

私だけが、いつも公園に残った。

母は、父がいる時だけゴハンを作って、
あとの時間は酔っぱらっていたから。

すべり台のてっぺんから団地を見ていても、
ウチはいつまでも電気が点かなかった。

だけど、暗いのはウチだけでは無かった。

ひとは、
同じ時間に灯りを付けるわけではないし、
同じ時間にゴハンも食べない。

あの子の家は、みんなで団らん。
あの子の家は、お出かけちゅう。
ウチは、酔っぱらったお母さんが寝てる。

すべり台から見える窓は、
全部が同じ形だったけれど、
それぞれの生活は違っていた。

それが当たり前で、
そういうものなのだと感じていた。

背中側には、線路が走っていて、
どこかへ行く人や帰る人たちが見えた。

すべり台にいる私、
団地という動かないもの、
団地の中のそれぞれの生活、
背中で流れていく人たち、
その全部の上にある星空。

あの頃の私は、自分がいる場所が、
本当にハッキリと分かっていた。
社会の中の立ち位置とか、
そういった事も含めて。

鳥の目線で、自分を見ていた気がする。

そして、オナカが減ったり
寒くなったり、ウチに電気が点いたら、

みんなとの距離が等しかった場所から
私の生活の中へ、帰っていった。

居場所というものを考えるとき
いつも、すべり台の上を思い出す。
寂しさだけでは無く色んなことを教わった
私と世界のあいだ。

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