paper cutting japanese art cutout 切り絵 切り絵作家 アート 絵画 美術 肖像画 姫路 似顔絵

切り絵による絵画を制作しています。東京での個展開催、ライブパフォーマンス等の活動も行っています。

アートとお金。

ブログ

アートとお金。

まず断っておきたいことがひとつ。
 これまでも、そしてこれからも、このブログで書くことはあくまで自分個人に向けられた考え方やアプローチであり、ぼく以外の理念や存在を否定するものではないということ。むしろ、他の人のようにぼくはやりたくてもできないのです。それはもう焦りが生まれるほど。
「そのほうがうまくいく」ということが明らかなことでも、「そのほう」ができない。無理するのも、なんか嫌な性分ですので、世間から見て成功と呼ばれるものに程遠いアーティスト生活かもしれませんが、誰にも危害はくわえません、何もされぬ限りは。温かいまなざしで見守ってやってください。

 さて、本題です。
仕入れ値とある程度標準価格の存在する、物を売る商売と違ってアートでお金を得る、という行為は、ルール決めという点において大変デリケートで難しいです。これはもう、最初からの課題でした。
 技術を駆使した労力とそこに至るまでの対価はきちんともらう。2次使用や権利にも価値が生ずる。このふたつは当たり前のことと思います。そしてこれからも、アーティストにとって当然大切であるとも。それと、ここで使う「アーティスト」は「クリエイター」でもいいですし、なにかを自分で作ってお金にしている人なら誰でもいいです。
 最近思い始めていることなんですが、自分という人間は上記の2つのことに今まで執着しすぎてきたのではないかと。脱サラして間もなく、「絵で食っていこう」と動き出したわけですが、どこか世の中に「負けまい」とか「出し抜かれてたまるか」とか、そんな思いというか執念が先走りすぎてたんではないかと。もちろん、自分のやってきたこと、今やっていることも含めて、金額的に妥当であるとは思っております。ただ…自分に対して、ちょっとやかましくシビアに持ち込み過ぎてきてたとは感じます。

画像の説明

 先日、久々にカフェでモーニングを食べて、ゆっくりものを考える時間が持てたのですが、その時店内に流れるBGMに耳を傾けながら、なにげなくこう思ってました。「この音楽、CDかな」と、大した理由もなく。
 音楽には当然、著作権というものがあります。印税というものがあるから、ミュージシャンの人たちは余裕を持って、新しい作品制作に没頭したり、リフレッシュする時間を持てるのだと想像します。印税の多くはTVやカラオケ、有線だと思いますが、もっと細かく言うと・・・お店でCDとかかけるんて、どうなんでしたけ。カフェよりももっと、横町にあるような小さなお店とか、特定のミュージシャンの音楽をかけて、そのファンが集まって多種多様な人々が呑んだり食べたりする。その飲食がお店の儲けであったりしたら、どうなんでしょう。やっぱ厳密に言うと、お金支払わないとダメなんですかね。「ええやんか」って軽く済ましたい話であると、ぼくは思うんです。でもね、そこまで考えて思ったのが、そんなことに苦言を呈するミュージシャンおったら、ちょっと嫌いやなあって。正しいこと言ってるにしても。

 話を少しずらしますが、デビュー目指して地元のライブハウスで活動するバンドがいるとします。地元ではみんな応援してくれてます。自作のCDの売り上げも好調。で、バンドのメンバーの親兄弟が知り合いの店で、近隣のファン集めて朝までCD流すイベントをしたとします。それまでバンドの音を聞いたことなかった人たちも集まって呑んだり食べたり。「ぜったい売れるよこのバンド!」「地元の誇りになるよきっと!!」なんて言いながら、初対面の人たちと盛り上がる。・・・ここで「使用料払ってくれ」言う人間いないですよね。まあ、著作権とか法的な登録してるしてない、の話はおいといてです。いち物づくり人として、自分たちの作品で盛り上がる、人がつながる、この状況に一点の汚れもない喜び以外のことが頭にうかぶでしょうか。
 だからきっと、第一線で活動するプロミュージシャンも、そういう気持ちをもった方々だと思います。すでに暮らしが豊かである、ということだけではなく。ではその夜、ファンが集って素敵な時間になりました、使用料ン万円もらいました、お金がかかるからこの集まり次回は一年先です、ってなるより無料で毎週開催してくれることを望むはずです。その目先の使用料ン万円をもらうより、知らないところで作品を愛してくれるほうが何億倍も素晴らしい。中にはそう捉えない人もいるでしょうが、やっぱりそういう人は愛されない。愛されるためにやっていることではないにしろ、いざまが美しくないことは確かです。
 ぼくは金持ちではないですし、偉そうなことを言える立場にはありませんが、時々このことについて想念をめぐらすべきだと思っています。大きく間違うことはないにしろ、微妙に足を踏みちがえるときくらいは起りそうなテーマです。
そんなことを考えながら、冷める前にコーヒーを飲みほした朝でした。

コメント



認証コード3511

コメントは管理者の承認後に表示されます。

powered by Quick Homepage Maker 4.9
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

切り絵 切り絵作家  アート パフォーマンス